- I keep you and stand by you.
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嫌だと断っても、女手が足りないと言われてしまっては、受け入れるしかない。仕事なのだから。
そんなわけで今日の捜査、カイは何度目かの女装をすることになった。
薬物鑑定官の茉莉が捜査に参加しても良かったのだが、前のことがあるからかハルの猛反対があり、唯一の女性捜査官である2課の黒田は残念ながら別件で忙しく、カイのメイク等を手伝うことすら出来なかった。
しかし、「アイラインを引くのが難しかったらシャドーの一番濃い部分を使ってね」や「グロスは唇の真ん中に、多めにぬったほうが可愛いから」と言ってメイク道具と服を渡した。
メイクの知識など全くないので、正直アドバイスを受け道具を渡されてもと、戸惑ったカイだったが、この前の黒田を思い出して自身にメイクをしたところ、比企や他の同僚たちからお誉めの言葉を頂いた。
嬉しいやら悲しいやら複雑な気持ちになったが、これも仕事だと考え服を着替えて外、ハルの待つ車へ向かう。
カツン、カツンとアスファルトの鳴る音にハルが気づいて後ろを振り向くと、ピンク系統の小花柄ワンピースに、ファーの付いたミリタリーコートを羽織ったカイを見つけた。足元は濃い茶色のブーツを履いていて、髪には喉仏を少しでも隠すために、毛先のふわりと巻いてあるウィッグを付けた。
典型的な甘辛の女の子スタイル、どこからどう見ても10代後半から20代前半の女性にしか見えない。
「遅い」
待たされたせいか、カイの容姿には触れずにドスの効いた声でハルが言い、待っている間に3本となった煙草の火を消す。カイはまず先に謝る。
「わーっ!ごめん、ハル!」
反応は返ってこなかったがもうハルに怒っている様子はない。
なのにカイの足元を見ると急に眉をひそめた。
「寒く、ないのか?」
「何で?」
「それ」
不思議そうになったカイに、膝からかなり上にあるワンピースの裾を指で差し示す。
「ブーツがあったかいし、中にも履いてるからけっこう大丈夫だよ」
「ふーん」
ハルはそれだけ言い車に乗り込む。カイも続いて乗りシートベルトを付ける。
メイクをしたり服を着替えたりしていたせいで、まともに読めていない調書に目を通す。そのカイの隣で、ハルは目的地に着くまで一度も口を開くことなく、黙って運転した。
「ほら、着いたぞ。読めたのか?」
「う〜〜〜…はい、読んだ!」
「本当かよ」
「本当だよ、多分」
言い切ってから自信無さげに“多分”をカイが付け足すと、ハルは横目で睨む。
「嘘!しっかり読んだよ!」
慌ててカイが訂正する。
いつの間にか火を付けていた煙草を消して、ハルは車を降りた。
「行くぞ」
「うん」
「カイ」
5cmほどの高さがあるヒールに気をつけながらカイがハルに近づくと、やけに低い声でカイの名前を呼んだ。
「絶対俺の傍を離れるな、何があってもだ。いいな?」
「分かった」
「絶対だぞ」
「うっ、うん」
威圧感のある言い方、声に戸惑ったがカイは返事をする。
ハルがそんなに心配するほど、危険な捜査だっただろうかとカイは不安になったが、今は集中して売人の逮捕をに全力を尽くすのみ。とうとうハルとカイは売人のいるというクラブへ足を踏み入れた。
「や」
周囲を見渡す、見当たらない。
「やっちゃった…」
思わず頭を抱えてしゃがみ込みたくなった。
あれほどハルに言われていたのにカイはハルとはぐれてしまった。
カイに言い訳をさせてやれば、クラブという人混みの中で売人がどこに居るのかと目を光らせ、ずっとうろうろと歩き回っていれば、はぐれてしまうのも仕方がない。らしいが、結局原因は本人の不注意。ハルのお叱り覚悟でカイは売人とハルを必死で探す。
「わっ!」
人混みにハルと売人の姿だけを探していただめ、周囲を見ていなかった。カイは誰かとぶつかってしまった。
「すみません、大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
その男は何度も写真で見た顔、売人だった。
幸か不幸か、ハルを見つける前に売人の男と接触出来た。
けれども単独行動禁止の麻取のため、ここで自分1人が行動してよいのか戸惑う。
一度売人から離れて様子を伺いつつハルと合流しようと、頭を働かせたとき男がカイに話しかけた。
「ねえ」
「は、い?」
「1人だよね?」
「今ちょっと連れとはぐれちゃってて」
「じゃ一緒に居ようよ」
男がカイの肩に手を置いてぐっと引き寄せた。身体が密着しているせいで、カイは鳥肌が立ちそうになるが何とか堪える。
「いや、でも」
「はぐれたって女の子?」
「違います、けど」
「男?」
「はい」
にこっと笑う。逆にそれがカイには不気味に感じられた。
「男ならいいじゃん。ほら行こう」
踏み留まろうとしたが、ハルの役に立ちたいという思いがわき起こる。
自分なりに出来ることをしたいと思って、カイは行動に出ることにした。
「待って」
「何?」
カイは男の耳元に顔を近寄せた。
「薬が欲しいの。誰が売ってるか」
背伸びを止めて上目遣いをし、男と顔を見合わせる。
「知ってる?」
カイは精一杯の可愛いこぶりっこをして男に尋ねた。
男はにーっと口角を上げた。
「欲しいんだ?」
「うん」
「俺が売ってるよ」
「ほんと?いくら?」
「初めてだし、タダであげる。でも今持ってなくて、車に置いてあるから」
男の、カイの肩に置いている手に力が入った気がした。
「一緒に取りに行こう」
その男についていって、カイは駐車場に行った。
「どこで誰が見てるか分からないから、一先ず車の中に入って」
麻取や警察のの存在を危惧しているのか、男はそう言って後部座席のドアを開けた。カイは恐る恐るながらも乗り込む。
車の中をカイがキョロキョロ見回していると、反対側のドアから男も乗り込んだ。そして何故か全てのドアのロックをかけた。
嫌な予感を、雰囲気を、カイはやっと感じとった。
「あ、の…?」
「薬ならあるよ」
座席のしたから白い粉の入った袋を取り出してカイに見せる。
「それよりも」
突然男がカイの上に乗り、両手をぐっと左の片手で押さえつける。
「ちょっと何して!止め、」
「車に行くってとこでこういこと、期待してたんじゃないの?」
「そんなわけ、ないだろ!」
足をばたつかせたが直ぐに男の足でまた押さえつけられた。
「何だ、違うのか」
そう言ったが男に残念そうな様子はなく、動きを止めることもない。
カイの首を舌でなぞる。
「やっ」
「泣きそう?」
顔を上げてカイを見る。カイは今にも泣き出しそうな顔で男を睨み付ける、けれどもその潤んだ瞳のせいで迫力はない。
「かーわいい、泣いてもいいよ?そのほうがそそられる」
絶対に泣くものかとカイは歯をくいしばった。男は楽しそうにそれを眺めている。
「足細い」
太股を撫でられ鳥肌が立つ、今度はもう堪えられない。
鎖骨辺りに小さな痛みが走り、跡を付けられたと気づく。
どれだけカイが抵抗しようとも男は全く止めようとしない。
涙が溢れそうになった。
のこのこついていった自分が馬鹿だったと後悔する。
それでも、触られたいのはただ1人だけ、ハルだけであって、こんな男には触られたくない。
堪えられなくなって一筋、涙がつーっとカイの頬を伝う。
ガシャンとガラスの割れる音が聞こえた。
車のロックが解除され後部座席のドアが開き、男が外に引きずり出された。
「こちら関東信越厚生局 麻薬取締部だ、麻薬取締法違犯の容疑で逮捕する!」
梶の声がそう言った。
何がどうなったのか確かめたかったが、足がすくんで動けない、声も出ない。
「カイ!?」
売人の男が引きずられるように連れてられるのを呆然と見ていると、開けっ放しになっているドアからハルがカイの名前を呼んだ。
「は…る」
何とか出た声は掠れていた。
ハルはカイを外に連れ出して息を大きく吸う。
「だから“絶対離れるな”って言っただろ、この馬鹿!また人の話聞いてなかったのか、ああ?いい加減にっ」
「うん、ごめんね、ハル」
そのカイの口調は弱々しく、ハルは怒鳴るのを止めた。
そして地面にしゃがみ込んでいるカイを抱き締める。
「何かされたか?」
「されてないよ、大したことは」
「どこも痛くないな?」
「うん、大丈夫」
「無事で、良かった」
腕に力が入る。心の底からカイが無事であることにハルが安心している、紛れもない証拠だった。
「ハル、人がいるから」
周囲には何事かと見に来た野次馬が数人いる。
離れたほうがいいと、続ける前にハルが口を開く。
「男女の恋人だと思ってるだろ」
自分の今の恰好を思い出して納得する、そう言えば自分は女装をしているのだった。
「じゃあ」
カイがだらりと下げていた腕をハルの背中に回した。
「泣いても、いっ?」
「…ああ」
途端に泣き声があがる。
我慢していた分それは大きく、ハルはカイが泣き止むまでずっと抱き締めたまま、その背中を擦った。
「んっ…ふ、あっハル待って」
カイがやっと泣き止むと、本部に帰るために2人はまた車に乗った。カイがシートベルトを締めよう横を向くと、それをハルは無理矢理自分のほうへ向けて唇を塞いだ。
突然のことにカイは驚いてしまう。
「どうしたの?」
顔と身体をカイから離してハルはハンドルにもたれかかる。
「あんな奴に触られたままは、許せねえ」
先ほどあったことを思い出してしまい、カイはつい身震いする。好きでも何でもない男に触られることが、あんなにも気持ち悪いものなのかと実感した。
「あのさ」
「ん?」
言葉を一先ず止めて、ハルはカイの頬に手を伸ばし包むように触れる、泣いたせいで少し落ちたアイメイクを指先で拭う。
「ハル?」
指先は冷たい。カイには気持ちいい冷たさだが、どこか不安が過る。
「あっ、てめえ!」
「はいい!?」
静けさに包まれていた車内にハルの怒鳴り声が響いた。
「首!」
「首?」
首に何があったかと自分の首を触るが何もない。
しかし、何もないのにハルが急に怒鳴るわけがないので、カイは必死で思い出す。
「あ」
首、というよりは鎖骨にキスマークがあることを思い出した。
「大したことはされてないって言ったじゃねえか」
「刺されたりとかはされてないもん」
「馬鹿か、跡が付いてるだろ!」
どこから取り出したのか、紙を丸めた筒でハルがカイの頭を殴る。きっと今回の調書だろう。
「痛いー!」
「痛くねえ。…ったく、こんなもん付けやがって」
「直ぐに消えるよ」
「そういう問題じゃなくてっ、…ああ」
荒げたハルの声が急におさまる。でもそれは酷く落胆したよう。
「悪かった」
「へ?」
またハルがカイを抱き寄せた。
「次はもうお前から目、離さない」
こんなめにカイが遭ったのは自分のせいだとでも思っているのか、ハルは済まなさそうにそう言った。
「ううん。僕もごめん」
きゆっとハルの服を掴む。
- あとがき
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