逃亡者




イタリアの騒々しい喧騒から一歩離れた場所に城のような外観を持つ大きな屋敷がある。
周りを木々に囲まれ、たくさんの構成員達が行きかうボンゴレの総本部かつボンゴレボスの本宅。
華美すぎない、しかし最高級品だとわかる調度品でシンプルにまとめられた部屋にさらさらとペンが紙を滑っている音がする。


コンコンと重厚なマカボニーの扉を叩く音と共に中学の頃からずっと一緒にいた今は右腕として無くてはならない存在が入ってくる。

「追加書類っす。10代目」

「えぇ、またぁ?もう疲れたよぉ...」

ぺっちょりと机に頬を付ければ獄寺の苦笑が聞こえる。

「あと、少しですから」

「うーん。」

獄寺が悪いわけではないのだが、やはり山のようにある書類と降下していく気分は変わらない。
慰められても書類は減らないのだ。
しかもその書類の中には守護者が暴れたときに壊した建物なんかの始末書も入っている。
そう考えれば獄寺もこの山の書類に一役買っているので、自分のわがまま位我慢してもらおう。
そのいじけた顔がまた可愛いと周りから思われているのだが、気づかないのは本人ばかりである。

減らない仕事に拗ねてしまった主の機嫌取りに彼の好きな甘いカフェオレをいれる。
机にカフェオレを置きながら、もう一つの用事であった封筒を手渡す。

「10代目、こんなものが来ましたがどうしますか?」

「へ?何?」

獄寺が入れたカフェオレを美味しそうに飲みながら封筒を見れば、並盛中同窓会と書いてある。

「へぇ、同窓会かぁ。懐かしいなぁ」

手紙を読んでいると、この10年間のことをついこの間のように思い出される。
本当に忙しく、慌ただしい10年間だったと思う。
あんなに嫌がって逃げていたマフィアのボスの椅子に今、自分が座っているなんて10年前だったら考えてもいなかっただろう。
だが今自分はボンゴレのボスをしているのだ。
時間って恐ろしい。
ボンゴレもよく俺みたいなダメなやつボスにしたよなぁ...
反対とかあったと思うんだけど...どうしたんだろう。
(頭の堅い古株の連中はなかなかうなずかなかったが、綱吉の秘めたる力と、9代目率いる守護者、アルコバレーノ、同盟ファミリーのボスなどの全力のバックアップ(一部脅迫)により、無事10代目に就任出来たのであった。)

「うーん、行きたいなぁ...。なぁリボーン、俺これ行っちゃだめ?」

くりっと首をかしげて、自分の元家庭教師(今はボンゴレ専属のヒットマン)に尋ねれば、帽子を下げてしまう。
それを見ていた守護者達もすっと不自然にならないように自然にうつ向く。
その時の心は皆同じであったらしい。
首をかしげて大きな瞳をウルウルさせながらの上目使いはかなりクるとのことだ。

それを駄目だと解釈してしまった綱吉は、悲しそうな顔をしながら諦めようとした。

「うぅ、やっぱり駄目かなぁ。俺、これでも一応ボスだしなぁ」

うーんと唸っている綱吉に、先程の動揺からいち速く立ち直ったリボーンは、いいぞ、と軽く了承の言葉を口にする。
守護者たちはまだ動揺から抜け出せていない。
リボーンの言葉は予想外だったのか、綱吉は目をまん丸にさせて驚いている。

「えっ!!ホントに!?」

「ああ、お前この頃、忙しくてちゃんとした休みとってないだろ。休暇も兼ねて行ってこい。ママンにも、大分会っていないだろうから久々にゆっくりしてきていいぞ」

「まじで!?やったー!!ありがとう!リボーン大好き!!」

綱吉は感極まったのかガバッとリボーンに抱きついた。
リボーンは難なくそれを受け止め、チャンスは逃さないとばかりに自分からも力強く抱きしめる。
そして、今だ呆然としている守護者達を鼻で笑ってやれば、無数の殺気が突き刺さる。
だが、今綱吉を抱きしめ、幸せの絶頂にいるリボーンにとっては痛くも痒くもない。
そんなものは所詮、負け犬の遠吠えである。

「それじゃあ俺が日本に居る間はブァリアーに留守を頼もっと。うわぁー楽しみだなぁ」

リボーンの腕の中から出てテキパキと指示を出していく綱吉の顔はキラキラと輝くような笑顔を見せている。
指示をだしながら、くるりとこちらを向いた綱吉は自分の守護者と専属ヒットマンに尋ねる。

「みんなはどうする?一緒に行く?それとも残る?」

『一緒に行く(きます)!』

全員とてもいい返事であったが、日本には、獄寺と山本と雲雀がついていくことになった。
残念ながら、中学に関係のないリボーンと骸とランボには、今回の日本行きは諦めてもらうしかない。
いくらなんでも、ボスと守護者とヒットマン全員がが本部からいなくなるわけにはいかないのだ。
不満タラタラであったが、綱吉との1日デートが贈られたのでしぶしぶ了承してくれた。

ザンザス達ブァリアーにも留守のことを頼み、綱吉達は同窓会の2日前にボンゴレのプライベートジェットで日本へと飛んだ。







「うわぁー日本だー!ほんとに久しぶりだなぁ...」

並盛についた綱吉達は感動しているところだった。
随分様変わりしているかと思えば、まるで10年前と変わっていないところも多々あった。

車は煩わしいと綱吉が言うので、綱吉、獄寺、山本の3人は徒歩で沢田家へと向かっている。

その途中、並盛中学の前を通った。

「ほんとにここは変わらないっすね」

「ああ、あの頃と全然変わってないのなぁ」

「変えたら雲雀さんが怒るんじゃない」

「あっそうかもー」


10年ぶりに見たあの中学校はあの頃と変わっていないように見えた。
もちろん老朽化は進んでいるだろうし、新しい設備もできたことだろう。
だが、何か根本的なところが。
見るもの全てがキラキラと輝いていたように見えていたあの頃がいまだにあの場所にあるように思う。
あの頃の自分たちのように夢と希望と友情に溢れた、美しく、忘れることのできない数々のストーリーが繰り広げられていることだろう...
自分たちもまた、全力であの場所を駆け巡っていたのだから。

その後も、他愛も無いことをつらつらと話しながら3人は家へと向かっていた。


「母さん、元気かなぁ。ずっと会ってないし、手紙と電話しか連絡とってないからなぁ」

呼び鈴を鳴らせば中から軽い足音が聞こえ、ドアが開けられる。

「はぁーい、どちら様?...えっ、ツっ君!?」

「あ、ええと。久しぶり、母さん。急に来てごめんね」

「本当にツッ君?どうしてここに?ああ、本当にツっ君なの?」

「俺は本物だよ、母さん」

「まぁまぁまぁ、どうしましょう...」

目を見開いて驚く母の瞳にうっすらと涙の膜がかかる。
泣かせたい訳ではないのに。
自分はこんなに慈しんでくれる母を悲しませ、不安にさせてしまう。
もっと会いに行きたいのに、一緒にいたいのに、自分の地位が、伝統がそれを邪魔する。
どうしてもっと安心させることができないのだろうか...

とても驚いていたが、ゆっくりと呼吸をしているとやっと落ち着いたのか、そっと零れた涙を拭いながら家へと迎えてくれた。


「おかえりなさい、ツっ君」


「ただいま、母さん」




家の中に通されて、奈々にお茶を振る舞われながら、今回ここに来た目的を話す。

「まぁ、同窓会が。それでこっちに来たのね。もう、それなら連絡ぐらいしてちょうだい。母さんびっくりしちゃったわ」

「へへっ、驚かせようと思って。作戦成功、だね」

「まったくもぉ」

微笑ましい会話、ゆっくりと流れる時間が身の内に常にあった緊張を溶かしていくようであった。
少年の頃に戻ったように笑い声を上げながら、穏やかに時間が過ぎて行く。






「10代目、そろそろ時間です」

「あっ、ほんとだ」

「あら、もうそんな時間?」

「楽しくって、時間忘れてたのな」

「うふふ、本当ね」

現在の時刻は6時30分、同窓会は7時からなのでそろそろ出なければいけない。

「お邪魔しました」

「お邪魔しました」

獄寺と山本が先に出て、車を呼ぶ。

「今日は母さんに会えて本当に良かった」

「母さんもよ。ツナが元気で本当に良かったわ。これからも、病気と怪我に気をつけるのよ」

「分かってるよ」

いつまでも子供扱いで、でもそれは不快ではない。
少しの気恥ずかしさと安心感が優しく包んでくれる。
母親というのは自分がどれだけ成長しても、ずっと叶わない人物なのだと綱吉は改めて思い知ったようだった。

「ねぇ、母さん。またイタリアに来てよ。リボーン達も、会いたがっていたから」

「そうね、ずっと会っていないものね」

リボーン達の顔を思い出しているのか、そっと目を伏せている奈々に、綱吉は声をかける。

「ねぇ、母さん。もっと、我儘言っていいんだよ?」

「我儘?」

その言葉に頷いてやれば、楽しそうに奈々の瞳が輝く。

「それなら、今度イタリアに行ったら、案内、してちょうだいね」

「!...了解」

なんとも我儘な要求だろうか。あのボンゴレのボスに、ゴットファーザーにイタリアを案内させるなんて!!
奈々の我儘に笑顔がこぼれた。
くすくすと笑い合っていれば、ドアの向こうで車の止まった音がした。

「それじゃ、もう行くね」


「ええ、いってらっしゃい」


「いってきます」


黒塗りの車に乗り込んでいく綱吉の後ろ姿を奈々はそっと見送った。



いとしいあの子がまた笑顔で帰ってきますように





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