逃亡者








太陽の光が眩しいカフェテラス。
気さくなマスターとこだわりのドルチェが評判のこの店。
雑誌などに乗るわけでは無いが、折り紙つきのあじには消して少ないとは言えない数の常連客がいる。
今もまた、ここの味に惚れ込みあししげく通う常連客が一人。
ふわふわと跳ねる薄茶の髪は光に当てれば金にも見える不思議な色合いをしており、吸い込まれそうな程に澄んだ琥珀の瞳を持った青年が、ドルチェをつついている。
美味しそうに頬張るその姿は小動物を思わせ、周りの空気をフワリと和ませた。

「はぅ......おいひぃ」

片手を頬に当てながらもう片方の手ででせっせと口にスプーンを運ぶ。
見てわかるほど上機嫌な彼は只今絶賛逃亡中のボンゴレボス沢田綱吉その人である。





マフィア
それは裏社会を牛耳る闇の組織。
ファミリー、伝統、尊厳、そしてオルメタを守ることに命をかけて、スラムの少年からはヒーローと崇め、憧れられる存在。
その中でも、ボンゴレファミリーといえば10000に近い組織を傘下に置き、伝統、格式、規模、勢力、全てにおいて別格の巨大ファミリーである。
そのボンゴレファミリーの10代目ボスが沢田綱吉。


彼は極東の島国、日本で生まれた。
父親はなんの仕事をしているのか、つねに世界を飛び回り家にいることが極端に少ないひとだった。だがその分、母親からたくさんの愛情を注がれ、鈍くさいながらも人の痛みを感じられる優しい少年になった。
女で一つで育ててくれている母親を助けながら平凡な毎日を送っていた綱吉にある日家庭教師と名乗る赤ん坊が現れた。 リボーンと名乗った赤ん坊は綱吉に衝撃の事実を告げる。
実は綱吉はイタリアンマフィアの中でも強大な勢力を誇るボンゴレファミリー初代ボスの直系であり、綱吉の父親である家光はボンゴレファミリーのNo.2で有事の際にはボスと同等の発言力を持つ門外顧問であった。
しかし、今までマフィアなどとは無縁の生活を送って来た人間が急に現れた、しかも立って喋って銃をぶっぱなすような赤ん坊にそんなことを言われても信じろと言うのが無理な話である。
もちろん綱吉も例外ではなくリボーンの言うことをまったく信じなかった。

だが、リボーンが来たその日から綱吉はもう平和な日常へとは戻れなくなっていたのだ。
ヒットマンだと名乗る牛柄の子供がやって来て住み着き、マフィアの間でスモーキン・ボムと呼ばれる悪童が仲間になり、野球少年の自殺騒動を救って友達になった。
咬み殺すが口癖の何故か学ランの風紀委員長に何かと付けて咬み殺され、極限が座右の名でありボクシング部の先輩に幾度となく勧誘され、黒耀中に在籍していた人体実験を行なっていたファミリーの生き残りと戦った。

今までとは180度違う生活。
めぐるましく回る毎日。
傷つき、怯え、苦しみながら、成長していった日々。友情を育み、絆を深めた時間。

普通や平凡と言った言葉からは程遠い日常を送った綱吉は、リボーンの言葉が偽りではないと否応無く認識させられた。
自分はなりたくも無いのに、ボンゴレの後継者たる証のリングを巡ってブァリアーとの命を賭けた争奪戦では、仲間も自身も傷つき倒されボロボロになるまで戦った。
それはボンゴレだとか、後継者だとかそんなもののためではなかった。
ただ仲間が、自分にとってかけがえのない大切な人が、自分のせいで、いや、自分の為に傷ついた。

逃げられなかった。
逃げる訳にはいかなかった。
苦しい修行。軋む身体。痛い、苦しい、怖いと悲鳴を上げる心を意志と覚悟と仲間を思う気持ちでねじ伏せ、戦った。

本物の暗殺者であるブァリアーにたかが中学生である綱吉達が敵う訳が無い。
それでも、諦めるわけにはいかなかったのだ。


闘いの最中知った驚愕の真実、ザンザスの苦悩。
それを知って、綱吉は心を痛めた。
だが、それでもザンザスのしたことは許されなかった。

ザンザスの憤怒を氷らせた、新たに目覚めた初代から受け継ぎし力。


壮絶な闘いも綱吉がザンザスを撃ち破ることで幕を閉じた。

しかし綱吉には決定的に変わってしまった。
今まで逃げて来た。
血の中に眠る血統から。
見ないフリをしてきたその業を、力を、覚悟を、綱吉は受け継いだのだ。


その全てを受け止める。
まるで大空のように。
全てを包容し、全てに染まりながら、何物にも染まらない、あの大空のように。



その後の決断は早かった。ボンゴレの業と血統と伝統を継ぐと言った時、仲間はそれぞれ違う反応をしながらも最後には頷き、認め、ついてきてくれた。



全てを継ぐと決めた時からもう10年たった。
自分がボンゴレ10代目になるなんてあの頃の自分は思いもよらなかっただろう。

そう思うとなんだか笑いが込み上げてくる。
よくもまあ平和呆けした日本なんかで育った何をやらせてもダメな子供をあろうことかイタリアンマフィアの中でも別格のファミリーであるボンゴレのボスに据えようと思ったものだ。


つらつらと、とりとめの無いことを考えながら思い出の中にある出来事を思い出しては笑っていると、マスターが声をかけてきた。
サービスだとウインクをしながらクリームたっぷりのカプチーノをテーブルに置いてくれたマスターに、ここに来るために死ぬ気で勉強したイタリア語でお礼を返す。

「グラッツェ、マスター。」

「ツナ。可愛い顔で笑ってるが、何か良いことでもあったのか?ほら、見てみろよ。お前の側を通る奴を。みんな振り返っていきやがる。」

マスターの言葉通り、綱吉の側を通った者は皆例外無く振り返って行く。
幸せそうなその顔を一目見れば目を離すことができなくなる。
もう一度その笑顔を見たいと思ってしまう。
一度でいいからその瞳に映りたいと願ってしまうのだ。

しかし、悲しいかな。そんな周りの思いを気付かないのは本人ばかり。
綱吉は笑ってマスターの言葉を否定する。

「何言ってるんですか。皆、俺じゃなくてマスターを振り返ってるんだよ。」

ニコニコと笑っている綱吉は本気でそう思っているのだろう。
綱吉には聞こえないように小さく溜め息をつく。
まったく、この鈍感は自分がどれ程の魅力を持っているか分かっていない。
綱吉はマスターの苦悩を知ること無く、サービスのカプチーノをそれはそれは美味しそうに飲んでいた。



「んー、そろそろゲームオーバーかなぁ。」

ふいに綱吉が呟いた。
血の中に眠る力が逃亡の時間は終わりだと告げる。

「そうか、もう帰っちまうのか。そういや、今日はなんで逃げて来たんだ?」

マスターの言葉で今の今まで忘れていた理由を思い出し、苦笑がこぼれる。

「ちょっとね、皆が俺の邪魔して仕事増やすからさ。お仕置きと息抜きを兼ねて此処に来てたんだ」

「そうか。此処はお前の息抜きの場所になれているのか?」

たくさんの物をその身体で背負う彼。
その苦悩や苦労を分かることは己には出来ない。
それは彼とは住む場所が決定的に違うから。
彼の持つその思いを一緒に背負うことは自分には出来ない。
ならばせめて、この場所でだけでも、一瞬だけでも、下ろすことが忘れることが出来たら。

そう願わずにはいられない。
だから、その笑顔はとても嬉しいんだ。

「もちろんだよ!」

「そうか...。またいつでも此処に来い。たっぷりサービスしてやるから。」

「うん!ありがとう!」

穏やかに見えるその表情の下でどれ程の苦しみがあっただろうか。

彼がカフェテラスを出ていこうとすると遠くからスーツを着た何人かの男がやって来る。
また彼らの世界へと帰って行くのだろう。
優しく、繊細な彼には到底似合わない、暗い闇の世界へ。
それは自分の知らない、彼の覚悟なのだろう。


此処にたくさん来るといい。
仮初だけれど、優しい彼に穏やかな時間を作ってあげられるから。

フワリと撥ねる金茶の後ろ頭を見て、そっとマスターは微笑む。

優しい『逃亡者』に至福の時を与えることができますように.....
自らが与えられる限りの祝福をあなたへ......



Fin



あとがき
10代目なツナです
なんだかマスターがしゃべって終わってしまった
こんなにマスター出すつもりはなかったのに...
守護者とかアルコバレーノとかでなかったし←
今度は出したい!