題名




授業終了のチャイムが鳴った。今から昼休みだ。
鞄から弁当を取り出す。
るり子さんお手製の激ウマランチ。今日は何が入っているのだろうか。食べる前からその味を想像してヨダレが垂れてきそうだ。
危ない、危ない。

「いっなばー♪」

ニコニコと笑いながら此方に向かって来たのは田代。姦し娘の一人。
目が嫌な感じに光っている。

「ねぇ、今日のお弁当、何が入ってるの?」

「まだ見てねぇよ」

分かった、この目は狩りをするときの猛獣の目だ。
コイツ、また俺の弁当狙ってるな。
チラリと空を見上げれば澄みきった青空が広がって、太陽の光がさんさんと降り注いでいる。

よし。

「俺、屋上で食ってくるわ」

じゃ、と弁当をひっつかみ田代たちに捕まる前にすたこらと教室を脱け出した。

逃げられた!と悔しそうに喚く声が後ろから聞こえた。

一度、るり子さんのスペシャルウニランチを田代たちに食われたことがある。その日は大変なメにあって、やっと終わったと思って弁当を開けたとき、ペラリと置いてあるメモと飴玉を見たときのあの絶望感は半端じゃなかった。 未だに忘れることが出来ない。
俺はまだ許していないのだ。
謝ってもらってもいないしな。
そういうところには、結構俺は厳しい。
だからそれ以来弁当を食われないように、天気のいい日は屋上で食べることにしている。
静かで、誰にも邪魔されずに美味い弁当をゆっくり食べる。なんて幸せなんだ。至福の時間。癒しである。
弁当を食べた後は昼寝か読書をしている。
寝転び見上げる澄み渡った青空と時折吹いてくる風とがなんとも心地よい。
本を読むのは教室でも別に構わないのだがやはり静かで周りに誰もいないほうがいい。本に集中できるし入り込めるからな。

今日は読みたい本もないし天気もいいから昼寝するかな。
足取りも軽やかに屋上への階段を登っていった。



「ごちそうさまでした」

両手を合わせながら、食べた物と作ってくれた人に感謝する。(人と呼べばいいのかは分からないが......)
るり子さん、今日も貴方の弁当は美味かった。
冷めていても外はカリカリ中はジューシーなあの唐揚げは最高だ。ありがとう、るり子さん。貴方のお陰で今日も幸せです。

ボリューム満点の唐揚げ弁当で満腹になった後は眠気が襲ってきた。
太陽の光で温められたコンクリートにごろりと横になる。

あぁ〜〜、あったけー。眠ぃなぁ。

うとうとしていると屋上のドアの開く音が聞こえた。
カンカンカンと給水塔を上ってくる音がする。

「よう」

上ってきた男に声をかけてやる。
誰が上がってきたかなんて見なくとも分かる。

「おう」

片手を上げて返してきたこの男は条東高校で簿記を教えている我らが担任、フェロモン大魔王こと千晶直巳である。
貧血症で、いつも青白い顔をしているがそれを上回るほどの美形である。
それに昔は大分遊んでいたらしく、その言動からはミステリアスな雰囲気を醸しだしている。
女でなくともクラクラくるその色気は半端ではない。
千晶のモテっぷりは推し量るべきだろう。
そんな人気者の先生は昼休みになると雨に群がる蟻の如く生徒が群がる。
そしていつも此処にくるんだ。

「今日はどうしたんだ?」

「田代らに捕まった。んでそこを青木先生が通りかかった」

「あぁ〜〜〜......」

その光景が目に浮かぶ。
いつもの如く正論を説かれたのだろう。
その顔色にもなるのもうなずける。
ご愁傷様。
心の中で両手を合わせておいた。

千晶は俺の横に腰を落とすと胸ポケットから煙草を取り出し吸い始める。
たったそれだけの動作なのに様になっている。そんなに無駄にフェロモン振り撒くか、ら面倒なことになるんだよ。

煙を吸い込むと眉間に皺を寄せた。
大分お疲れのようだ。
疲れていると、煙草が不味いらしい。なら吸わなきゃいいのに。以前そう言えば、吸わなきゃやっていられないと言われた。
まぁ、それもそうだな。
今はそれでなくともやれテストだ行事だと教師はてんてこ舞いで、この時期を狙ったかのようにヤンチャ坊主どもが暴れだす。
んでもって青木ときたら......


うっわぁ〜〜。俺だったら勘弁願いたいね。
コイツ、その内倒れんじゃねぇの。


胸の方を見ればうっすらと黒い靄がかかっているようだ。
そこまで酷くはないけど....

「大丈夫かよ」

コイツはいっつも無理するからな。

「昼飯、食ったのか?」

「あんま、食べたい気分じゃねぇのよ」

「そんなことばったしてっから、んな顔色悪いンだよ」

そう言ってやれば、千晶は自分の顔に手を当てた。

「んなに悪いか?」

まっ、今んところ分かんのは俺ぐらいだろうけど。

「まぁ、そこまでじゃねぇけどさ」

でも無理すんなよ、と続ければ呆れた顔が返ってくる。なんだ?

「稲葉、お前、オカンみたいだぞ」

失礼な奴だな。心配してやってるのに。
でも今はそんなことに怒って、話を逸らされる訳にはいかない。
一度こいつにはガツンと言ってやりたかったんだ。

まっすぐ千晶の目を見据えて口を開く。



「アンタは、すぐ無理するから、しかも教えてくれないし」


「俺じゃ頼りないって思うけど、でもお前のこと知ってるのと知らないのとでは、全然違うんだぞ」


「俺はまだまだ子供で、アンタには心配かけてる。それは分かってるけど、それと同じくらい、俺はアンタのこと心配してるんだ」


「よちよち歩きの赤ん坊じゃないんだ。少しぐらい寄りかかられても倒れやしない」


「別に全部話してくれとも、俺にだけ頼ってくれとも言わない。そんなこと出来るとも思ってない」


「でもちょっとぐらい分けてくれよ。ちょっとなら俺だって受け止めれる」


「あんまり、無理、しないでくれ」




「..........」


予想外に真剣な顔をして聞いていた千晶は、何も言わなかった。
沈黙が辺りを包む。
でもそれは不快ではなく居心地のよいものだった。


何も言わない千晶を見ていると唐突に思い出した。

「先生、“マッサージ”してやるよ」

「いいよ」

間髪告げづに返してくる。

「なんで」

「"アレ"がなんなのか俺は分からないけど、終わった後、お前、相当疲れてるだろ。今はそれほど辛い訳じゃないから。だから、いいよ」

鋭いとこ突いてくるなぁ。でも、

「ちげぇよ。ただの肩叩きだよ」

ダメージを移さなくても触っているだけで、効果があると秋音ちゃんが言っていたことを思い出したんだ。

「肩叩き?」

「そ。ほら、あっち向けよ」

予想外だったのか少しキョトンとした千晶を反対側に向かせ、俺は肩を掴み、マッサージを始めた。

「うっわ。千晶、アンタ肩ガッチガチじゃん」

少し触っただけでも相当凝っているのが分かる。

「先生と呼べ、先生と」

今更そんなことを注意してくる。
遅いっての。

「あぁ〜〜〜、気持ちぃ〜〜」

目を細めて言う千晶は本当に気持ち良さそうだった。
俺は予鈴が鳴るまで千晶の肩を“マッサージ”し続けた。



「次、移動だからもう行くな」

「おう、マジでありがとな。お陰で随分楽になった」

笑っている千晶の顔色は幾分良くなっているようだ。
だが、靄が無くなった訳ではない。今もまだ黒い靄は千晶の胸の辺りで広がっている。
まぁ、来た時よりかは薄くなっているが....

「ホントに、あんま無理すんなよ」

「......おう」

じゃと言って階段を下りる。千晶は信用ならねぇからこれからも見張ってやろう、なんて思いながら、俺は教室への道を歩いていった。



一人、給水塔に残っている千晶は苦笑を浮かべていた。

どうして、あの教え子は....

少しキツイ目をした、根は真面目で素直な、ついさっきまで一緒にいた生徒を思い出す。

「どうして、お前にだけはバレちまうんだろうな」

彼が不思議な力で自分の疲労や苦痛を和らげてくれていて、それは彼に少なからず負担をかけているのだというのはわかっている。
しかしその力がどんなものなのか、自分には分からない。
精々、自分の疲労が分かるのがその不思議な力と同じようなものだろうかと推測するぐらいが限界だ。

「生徒に心配させるなんて、教師失格だな」

硬派で近寄りがたい雰囲気を醸し出しながら、実際接してみればまるで母親のように世話焼きな彼。
親しいものにしか見せない、あの警戒心のない無邪気な笑みは彼の表情を幼く見せ庇護欲を誘う。
あのギャップにやられる学生は少なく無いんじゃないだろうか。
それでなくても、恋だなんだとうるさい年頃だ。
田代たちの妄想を現実にしたい訳ではないのだが、コロッと違う道に目覚めてもおかしくはないんじゃないだろうか。


アイツ、大丈夫か....?


稲葉からすればその心配の意味は分からないことだろう。
田代たちに、「お前は鈍い」と言われる所以だ。
まぁ、そこも含めてそれは稲葉の魅力なのかも知れない。

「さて、俺も行くかな」

立ち上がり、ズボンに付いた埃を払う。

ああ、今日も頑張れそうだ。また明日、此処にきて少しの休息を楽しもうではないか。
そろそろ此処にくることが日課になりつつあることを思い、口の端に笑みが溢れた。





END cotinue

あとがき

初!妖アパです★
甘甘・ほのぼの目指しました!
鈍チン夕士くん!