君はこんなにも無自覚で


ぽつり。
腕に何かが当たる。

ぽつり。
今度は頬に。

「....雨?」

空を見上げれば、朝あんなにも晴れていたのに今はそんな事実がなかったかのような曇り空。
今にも落ちてきそうな程のどんよりと重たそうな雲がぶ厚い層を作っている。

ぽつり。

ぽつり。

顔や体にいくつもの雨粒が弾ける。

「やばっ」

俺は学校への道のりを駆け出した。



『君はこんなにも無自覚で』



おはよう
濡れちゃった
急に振ってきたよねー

朝、登校してきたクラスメート達が挨拶を交わし、喋りだす。
今はもっぱら、今朝の登校時を狙ったかのように降ってきた通り雨のことだ。

「おはよ、たぁこ」

少し前から学校についていて机に座っていた田代に、ついさっき入ってきた桜庭が近寄ってきた。

「おはよん、桜。見事に濡れてるねぇ」

「んもぅ、髪までビチョビチョよ」

不満に唇を尖らしタオルを取り出した桜は早速体を拭き始めた。

「ホントに急に降りだしたわね」

「あっ、って思ったらドバーって。ホントにもぅ。あれ、稲葉くんまだ来てないの?」

「そうみたい。いつもならもういるのに。珍しいわよね」

少し目つきの悪い、でも優しい彼の姿が今日は見えない。
いつもは田代が絡んでいるのに。

「ね。――――あっ、稲葉くん来たわよ」

チラリとドアの方を見て稲葉を見つけた桜は田代に教えてやり、自分は拭くことに専念する。
田代は大きく手を振り稲葉を呼んだ。

「ホントだ。稲葉ー、遅かったじゃな、い......」

尻すぼみになった田代の言葉に怪訝に思った桜も、もう一度振り向けば先程よりも近くに来た稲葉が見えた。
その姿に桜庭も絶句する。

「い、稲葉。アンタ、何、その恰好」

「は?」

詰まりながら喋る田代に戸惑う稲葉。

「は?じゃないわよ。何よその格好」

「何って、制服じゃねぇか。まぁ、めちゃくちゃ濡れたけどな」

「なんで、上、着てないのよ」

そう、稲葉は今、学ランを脱ぎカッターシャツだけなのだ。
しかも中には何も着ていないようだ。

襟足の髪から滴り落ちる雫が、つぅとすべらかなうなじに流れる。
濡れて肌に貼り付いたカッターシャツ。 健康的に少し焼けた肌が透けていて、匂い立つような色気を纏っている。

いつもと違う稲葉の雰囲気にあちこちからチラチラと視線が向けられている。

だが稲葉はいくつも向けられる視線に気づかないのか普通に話し出す。

「学ランはこっち」

小脇に抱えた黒い塊を差しだした。
と、その黒い塊がもぞもぞと動き出した。

「ちょっ、なんか動いてるんだけど」

ビクッとした田代に稲葉が笑えば、田代がぽかりと稲葉の腕を殴る。
悪い悪いとあまり悪そうに思っていない顔で謝れば、納得のいかなさそうな顔が向けられた。

「で、なんなのよ、ソレ」

むっすりとした顔をしつつ答えを促すあたり、結構気になるのだろう。
これ以上気を悪くされれば自分に返ってくるので早々に黒い塊を見せる。

「道で、鳴いてたから」

濡れないように掛けてやってたんだ。と言った稲葉が学ランを取り払うと中から小さな白い毛玉が現れる。
もぞもぞと動く白い毛玉はにぃと鳴いた。

「猫?」

「そう」

ほっとけなかったんだ。という稲葉は子猫を抱きあげる。
喉元をくすぐってやると、気持ちよさそうに目を細めみぃみぃと鳴く。
そんな子猫の様子に顔が綻ぶ。
小さいものは可愛い。

途端に顔を抑えた田代たちに、稲葉はまたしても戸惑った。

こいつらどうしたんだ。

「くっ、無自覚かっ」

「やられた〜〜」

「おい、なん――――」

パシャリ。

眩しいフラッシュが一斉に一人と一匹を襲う。

「っ、.....なにするんだっ」

いつの間にやら田代たちがデジカメやら携帯のカメラやらを構えこちらに向けている。

「笑いなさい!稲葉!」

「はぁ?」

「笑って稲葉君!」

何言ってんだ、こいつら

どこか必死な田代たちに引き気味の稲葉だが、子猫がみぃと鳴けばとたんに柔らかな笑顔になる。

「ん?どうした?」

パシャパシャパシャ。

「っだーー!やめろ!」

「いいじゃない、減るもんじゃないし」

けろっと返してくる田代。
プライバシーだとか人権だとか無いのだろうか。
まぁ、いつものことなので形だけ怒り放っておく。

おなざりに体を拭き、行き道に買ってきたミルクを子猫に与えてやる。
器などは無いので、指に付けて直接舐めさせてやる。
ざらりとした感触の子猫の舌は少しくすぐったい。

そうしていれば田代が今度は額を押さえた。

「アンタ、無意識・無自覚もほどほどにしとかないといつか襲われるわよ」

「誰にだよ!」

なんてことを言うのだこの鬼女は。
いい加減おかしなことを言うのはやめろと説教してやろうと思った時、後ろから稲葉、と声がかかった。

「千晶が呼んでるぞー」

「おお、わかった。ありがとな」

説教してやろうと思ったのに呼び出しがかかってしまえばそんなことも出来ない。
仕方なく立ち上がれば、子猫が必至なようにみぃみぃと鳴いた。

「お?」

離れないという風にがっしりとシャツに爪を立てられてしまっている。
無理やりはがすと子猫もこちらも傷ついてしまいそうだ。

「あらー、この子アンタから離れたくないみたいよ」

「んなこといっても......」

千晶に呼ばれているし...

「連れてけばいいじゃない」

軽く言う田代にため息が出た。

「あのな、普通、学校に動物って持ち込んだらいけないだろ。なのに連れてくとか...」

「千晶ちゃんなら大丈夫よ」

どこから来るんだ、その自信は。

何故か自信満々の田代に押し切られる形で俺は子猫を連れて千晶の待つ進路指導室に行くことになった。



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